何度も書こうと思っていたトピックがあります。何度も書こうと思っては書けずに挫折しているトピックを書きたいと思います。
でも、今まで上手く文章に書き表せる事ができないトピックだった訳だから、自分でも十分に納得してもらえるようにかけないかも... と思いつつ書くことにます。
上手く説明できない謎のトピック... それは、「弱さについて」です。
人はどうして自分の弱さに凍りついてしまうだろう...
もっと赤裸裸に言うと、私はどうして自分の弱さを率直に愛する事ができないのでしょう...
強く誇らしげに語れる内容ではありません。”弱さ”という言葉に魅力を持たせる事は難しい気がします。
弱さは素晴らしいんです、だから自分が弱いなぁと感じる所をありのまま、そのままに愛してあげましょう、といっても自分の弱い所はどうしても弱点と感じて隠したいし出来れば気付かないでおきたい。
私自身も、自分が弱いって思う事はどうしても都合が悪いように感じてしまう... だから、私は自分の弱さを隠そうとしていて、でもその弱さを隠していると嘘をついてるみたいで自分がずるいく感じる... でも、そのずるい自分を裸にしてしまうと嫌われるのではないかという恐怖心が湧き出てくる...
この危険な思考のサイクルを説明しているだけでも心が折れてしまいそうになります。どうして宇宙はわざわざ欠点だらけの弱い人間を創ったのだろうと思ったりもしました。でも、どうやらその弱さを知る事が、今ある自分の生命の重みを知る手がかりに感じます。
例えていうなら、花滅っていう入れ墨を入れてる友人がいます。
日本人ではないその子は「これは心を砕かれた時に入れた入れ墨だ」と言っていました。日本に来てその入れ墨を周りの人に見られた時、どうして花が滅びるなんて縁起が悪い言葉を書くの?と聞かれたそうです。そんなに縁起悪く感じてもらう為に彫った訳じゃない入れ墨だったらしいので本人としてはそう思われる事はショックだったらしいです。
私はその入れ墨の言葉を見て、野島伸司の未成年のワンシーンを思い出しました。
「ただ無心に一生懸命咲いている花を美しいと思う、でもそれは心のどこかでこの花の美しさが永遠じゃないと分かっているから... 愛おしく思って水をやる、大事にする...」
そんな感じの台詞がありました。そして、私はその人の「花滅」っていうむやみやたらに彫られた言葉にそんな意味を感じました。
私たちは毎日毎日、今日咲かせる為の花に一生懸命生きてるのかもしれないです。そして、もしかしたら今世で咲かせたい花があるのかもしれない。自分一人で、ではなく周りと一緒に咲かせたい花があるのかもしれない。あるいは、何かを乗り越えて咲かせたい花があるのかもしれない。
傷ついたと感じる事があります。また、傷つけたと感じる事があります。どうして傷つけられなければならなかったのだろうと思ったり、やっぱり自分の価値は薄っぺらいものなんだろうか、と思う時もあります。でも、その弱さがあるからこそ大事に心を扱う事を人は学ぶのだと思います。自分の心が深く傷ついたのなら、相手に対して牙をむき出す事よりもその傷つきやすい繊細さを持って、細やかな細工を自分に施してあげられるかもしれない。傷が深いからこそ、それが癒された時は深いところにまで届く愛情を感じる事が可能でもある。
弱さが必要な理由... それは、それがあるが故に丁寧に愛情を持っていたわることができる... 弱く儚いからこそ、心から助け合える...
この弱くて儚い命だと知ってるからこそ、何かを達成した時や難関を乗り越えた時に心から凄いって感動が湧き上がる...
ちっぽけかもしれないこの命が、渾身の力を振り絞って生きているのだから毎日が奇跡に感じれるかもしれない...
確かに、自分の心をありのままに曝け出すのは勇気がいる... でも、もしそんな時に弱さってこんなに素晴らしいものなんですって言われたら、そんな弱い自分と向き合ってありのままの自分を知る事はちょっとだけやりやすい事に変わるかもしれない。
どうもやっぱり、自分で説明する事が難しい内容です。
今回の試みはこの程度にして、また次回チャレンジしたいというトピックとして締めくくらせて下さい★
om shanti,
Seiko Yoga
Yoga Studio: http://kokoro-yoga.jp スタジオのホームページ共々ヨロシクです♬
Friday, August 19, 2011
Wednesday, May 11, 2011
母の日に....
カピバラを見に、我が家のカピバラちゃん(私のお母さん)と一緒に宮崎フェニックス自然動物園へ出掛けてきました。
楽しい時間を記念に、DVDにしてみましたので、暇な方 見て下さい♥
心和むヤギさんたちの大行進は見物です♪

本当に幸せです。
om shanti,
楽しい時間を記念に、DVDにしてみましたので、暇な方 見て下さい♥
心和むヤギさんたちの大行進は見物です♪
本当に幸せです。
om shanti,
Monday, May 9, 2011
変化したいと思う事 大変に感じる事
最近 思い出す人がいます。昔 住んでいた所の近くにお店を構えていた日本人女性でデザイナーの方です。元 Issei Miyake のデザイナーさんでニューヨークは長い事住んでいる人でした。お店も小さなお店でしたが 中はとってもかわいらしくて さすが 元Issei Miyake のデザイナーだと思う服がいくつもありました。若手デザイナーの発掘や支援もしていた 年齢不詳な小さくてかわいい人です。
よく話をしたりした時期もありましたが 証券の仕事をしなくなってからは めっきり会う機会がなくなった人です。理由は個人的で 多分 自分の内面的な変化からある一定の人と会うのを避けていたのが理由だと思います。彼女は素敵な人だったし 今でも会いに行っていた時が懐かしく思います。
話をしなくなった頃はリーマンショックを挟む頃で 証券や金融関係で働く人の多いニューヨークは経済的な打撃が非常に大きかったです。私も証券の仕事から別の方向に移り始めた時期で感じていたストレスは大きかったと思います。
でも 最後に彼女と会話した時の事は 何故かよく覚えていて 会社の休暇を使って日本に帰る準備をしていた時でした。その当時付き合っていた人と別れるつもりな話をしたり 別の会社への転職を希望している話をしたり。
そんな時に彼女が「聖子ちゃん 色々大変だねぇ」と一言いった際 「そんな事ないよ〜楽しい方向に変わって行く為だから」と返事をしたんです。すると彼女は「いい方向に変わるから大変じゃないとか 悪い方向に変わるから大変とかじゃなくて ただ単に変化をしているから大変だねっていう意味なのよ。大変って大きく変わるって書いて大変でしょう?」と一言。
それまでは良い方向に向かっているんだから これは大変じゃない とか良くなる為にはこれは絶対にやらなければ とか考えていました。改善されるにせよ悪化するにせよ変化そのものが もうそれだけで大変だとは思った事がなかった。どちらかと言うと 世の中が完璧でないのは 常に何かを改善させる為や進化させる為で その為の努力や苦労は大変ではないと思っていました。今考えると極度のスパルタ魂なんですが...
だから尚更 彼女の言葉は有り難かった。私にとって 彼女の「大変」と言う事に関しての言葉は サナギの存在を思い出させてくれました。
芋虫が蝶になるのも大変な事だと思います。全然違う形になる訳だから。やっぱり一晩寝ただけじゃ背中から羽は生えないんだろうし そうなるにはただじっと待つのも大事なんだと思います。誰にも邪魔される事なく寝続ける そして今までの自分から これからの自分に切り替わる時を待つのも大事なんだと思います。
同時に 彼女の変わるだけでも「大変」と言う言葉は変化を求めると言う事は それに伴う「大変」を受け容れるという事なんだなぁと思いました。大変を受け容れるだけの器を自分は作らなければと思いました。どんな事も受け容れてみる心構えが大事なんだと思いました。
でも その会話を最後に彼女に会う事もなく日本に帰ってしまったけど 最後に彼女の話を聞いたのは同じ近所に住む知人からでした。彼女もまた 極度のストレスからまだ40代の若さで脳梗塞になったらしい、アメリカでの医療費は高くなるだろうから、彼女も日本に帰るかもしれない、という話でした。もしまた連絡が取れれば 彼女には 絶対にまた会いたいです。
変化を望む時 人は変わろうと努力するんだと思います。でも 変化を望むと同時に自分に用意しなければならないものがあるとすれば それは 彼女の言った 「大変」を受け容れるということなのだと思います。
最近 大変って思う事が沢山あるけど でも 逆に言うとこれって有り難い事なのかな と感じます。とはいえ 大変....
よく話をしたりした時期もありましたが 証券の仕事をしなくなってからは めっきり会う機会がなくなった人です。理由は個人的で 多分 自分の内面的な変化からある一定の人と会うのを避けていたのが理由だと思います。彼女は素敵な人だったし 今でも会いに行っていた時が懐かしく思います。
話をしなくなった頃はリーマンショックを挟む頃で 証券や金融関係で働く人の多いニューヨークは経済的な打撃が非常に大きかったです。私も証券の仕事から別の方向に移り始めた時期で感じていたストレスは大きかったと思います。
でも 最後に彼女と会話した時の事は 何故かよく覚えていて 会社の休暇を使って日本に帰る準備をしていた時でした。その当時付き合っていた人と別れるつもりな話をしたり 別の会社への転職を希望している話をしたり。
そんな時に彼女が「聖子ちゃん 色々大変だねぇ」と一言いった際 「そんな事ないよ〜楽しい方向に変わって行く為だから」と返事をしたんです。すると彼女は「いい方向に変わるから大変じゃないとか 悪い方向に変わるから大変とかじゃなくて ただ単に変化をしているから大変だねっていう意味なのよ。大変って大きく変わるって書いて大変でしょう?」と一言。
それまでは良い方向に向かっているんだから これは大変じゃない とか良くなる為にはこれは絶対にやらなければ とか考えていました。改善されるにせよ悪化するにせよ変化そのものが もうそれだけで大変だとは思った事がなかった。どちらかと言うと 世の中が完璧でないのは 常に何かを改善させる為や進化させる為で その為の努力や苦労は大変ではないと思っていました。今考えると極度のスパルタ魂なんですが...
だから尚更 彼女の言葉は有り難かった。私にとって 彼女の「大変」と言う事に関しての言葉は サナギの存在を思い出させてくれました。
芋虫が蝶になるのも大変な事だと思います。全然違う形になる訳だから。やっぱり一晩寝ただけじゃ背中から羽は生えないんだろうし そうなるにはただじっと待つのも大事なんだと思います。誰にも邪魔される事なく寝続ける そして今までの自分から これからの自分に切り替わる時を待つのも大事なんだと思います。
同時に 彼女の変わるだけでも「大変」と言う言葉は変化を求めると言う事は それに伴う「大変」を受け容れるという事なんだなぁと思いました。大変を受け容れるだけの器を自分は作らなければと思いました。どんな事も受け容れてみる心構えが大事なんだと思いました。
でも その会話を最後に彼女に会う事もなく日本に帰ってしまったけど 最後に彼女の話を聞いたのは同じ近所に住む知人からでした。彼女もまた 極度のストレスからまだ40代の若さで脳梗塞になったらしい、アメリカでの医療費は高くなるだろうから、彼女も日本に帰るかもしれない、という話でした。もしまた連絡が取れれば 彼女には 絶対にまた会いたいです。
変化を望む時 人は変わろうと努力するんだと思います。でも 変化を望むと同時に自分に用意しなければならないものがあるとすれば それは 彼女の言った 「大変」を受け容れるということなのだと思います。
最近 大変って思う事が沢山あるけど でも 逆に言うとこれって有り難い事なのかな と感じます。とはいえ 大変....
Friday, April 15, 2011
母なるカピバラちゃん
心理学講座を受けている私。先日は東京講座のアダルトチルドレンの講座に参加させて頂きました。「精神的な面からくるから結構きついよ〜」とかって聞いてたから、へこむ覚悟で受講しました。
そもそもアダルトチルドレンとは、幼少時代の親と子供の依存と共依存が大人になってからもその人の人間関係(特に異性関係♥)に影響を及ぼしてしまう、だから自分の中にどんな共依存があったのか解明してみよう、そしてその共依存から自分を自由にしてあげるのが今回の講座の目的でした。
私の中の共依存は母親との共依存が大きかった気がします。大好きだったけど、忙しくて一緒に遊んでくれなかった母。その中で、私は勝手にもっと母親の事を好きにならないと遊んでもらえないものなんだ と信じてしまっていた。それに気づいた瞬間、ちょっと待って!もっと好きにならないと一緒にいてくれないって自分の彼氏に対しても思ってた〜 とか もっと頑張ってスキルが上達して知識を育まないとヨガの先生としての私は確立されないと思ってた〜とか 果てはもっと頑張らないと成功は一緒にいてくれないと思ってた〜
母親との共依存の果てに勝手に人生の定義をそこに置いていたんだと気づきました。
交流分析の②をすると学ぶ禁止令というものがあるんですが、その禁止令で溢れかえってる私の人生にびっくり。
自分で自分にブレーキをかけたり、限界を設定したり、
理論的に物事を考えているタイプだと自分では思っていたので、根底にある理由付けが「お母さんが一緒に遊んでくれないのは、私がまだまだお母さんの事を好きな力が足りないからだ」という幼稚な見解が隠されていた事にショックでした。でも、実際そんな風に考えた自分ってかわいいかもって思っちゃいました♪
幼少時代の感覚を呼び起こすので、あの講座以来、子供が経験しているのであろうぐっすり眠る感覚で夜を寝ています。潜在意識の中で今、自分を整理整頓中なのがすごく良くわかって、なんだか嬉しい今日この頃です。
そもそもアダルトチルドレンとは、幼少時代の親と子供の依存と共依存が大人になってからもその人の人間関係(特に異性関係♥)に影響を及ぼしてしまう、だから自分の中にどんな共依存があったのか解明してみよう、そしてその共依存から自分を自由にしてあげるのが今回の講座の目的でした。
私の中の共依存は母親との共依存が大きかった気がします。大好きだったけど、忙しくて一緒に遊んでくれなかった母。その中で、私は勝手にもっと母親の事を好きにならないと遊んでもらえないものなんだ と信じてしまっていた。それに気づいた瞬間、ちょっと待って!もっと好きにならないと一緒にいてくれないって自分の彼氏に対しても思ってた〜 とか もっと頑張ってスキルが上達して知識を育まないとヨガの先生としての私は確立されないと思ってた〜とか 果てはもっと頑張らないと成功は一緒にいてくれないと思ってた〜
母親との共依存の果てに勝手に人生の定義をそこに置いていたんだと気づきました。
交流分析の②をすると学ぶ禁止令というものがあるんですが、その禁止令で溢れかえってる私の人生にびっくり。
自分で自分にブレーキをかけたり、限界を設定したり、
理論的に物事を考えているタイプだと自分では思っていたので、根底にある理由付けが「お母さんが一緒に遊んでくれないのは、私がまだまだお母さんの事を好きな力が足りないからだ」という幼稚な見解が隠されていた事にショックでした。でも、実際そんな風に考えた自分ってかわいいかもって思っちゃいました♪
幼少時代の感覚を呼び起こすので、あの講座以来、子供が経験しているのであろうぐっすり眠る感覚で夜を寝ています。潜在意識の中で今、自分を整理整頓中なのがすごく良くわかって、なんだか嬉しい今日この頃です。
Monday, April 4, 2011
こころヨガ、1周年を迎えて
3月19日で こころヨガ は一周年を迎えました。そして、新月の大潮と日曜日の重なった昨日は生徒さんと親しい方々を集めての一周年記念パーティーでした。
ヨガを始めた頃はああだったね こうだったね という会話など一年経てば変わって行く自分の変化などに話はあったように思えます。心理学講座の講座を受けている生徒さんも多数いた事から ヨガと心理学講座で考え方や生き方が変わったって言ってくれる生徒さんもいたり 一年続けられたと言う事に感動してくれている生徒さんもいたり。
一日づつしか私たちは積み重ねる事が出来ないけれど 昨日 私は 生徒さん達と着実に一日一日を積み重ねる事が出来たんだぁ と実感する事ができました。続けて行く事が出来た自分 支えてくれる生徒さん達に出会う事ができ 感謝を感じれた事 今日もまた新しい一日をまた積み重ねていくけど 確実に未来にとって幸せなエネルギーに代えて積んで行くんだ と感じています。
世界がここにあってくれてよかった 今の人生がここにあってよかった ここに来るまでの道のりがあってよかった 私が私で良かったし 世界が 人々が すべてが こうして集まってきてくれて良かった と心から思います。
The light in me vows down to the light in you.
人はまず、自分の中に光がある事を感じる事ができなければ、周りの人の中に光がある事を感じる事は難しい。だから 私は、私の中にある光を感じ、そして周りの人の中にある光を感じています。あなたの素晴らしさは、私の中にある素晴らしさがそれを感じて、初めて素晴らしいと立証される。
私の中の光が、あなたの光を感じています。そして、その光に対して私は心から礼拝を捧げるのです。(ナマステ、の直訳)
ヨガを始めた頃はああだったね こうだったね という会話など一年経てば変わって行く自分の変化などに話はあったように思えます。心理学講座の講座を受けている生徒さんも多数いた事から ヨガと心理学講座で考え方や生き方が変わったって言ってくれる生徒さんもいたり 一年続けられたと言う事に感動してくれている生徒さんもいたり。
一日づつしか私たちは積み重ねる事が出来ないけれど 昨日 私は 生徒さん達と着実に一日一日を積み重ねる事が出来たんだぁ と実感する事ができました。続けて行く事が出来た自分 支えてくれる生徒さん達に出会う事ができ 感謝を感じれた事 今日もまた新しい一日をまた積み重ねていくけど 確実に未来にとって幸せなエネルギーに代えて積んで行くんだ と感じています。
世界がここにあってくれてよかった 今の人生がここにあってよかった ここに来るまでの道のりがあってよかった 私が私で良かったし 世界が 人々が すべてが こうして集まってきてくれて良かった と心から思います。
The light in me vows down to the light in you.
人はまず、自分の中に光がある事を感じる事ができなければ、周りの人の中に光がある事を感じる事は難しい。だから 私は、私の中にある光を感じ、そして周りの人の中にある光を感じています。あなたの素晴らしさは、私の中にある素晴らしさがそれを感じて、初めて素晴らしいと立証される。
私の中の光が、あなたの光を感じています。そして、その光に対して私は心から礼拝を捧げるのです。(ナマステ、の直訳)
よっちゃんのタラタラしてんじゃねぇよ〜
中学校(?)と高校の時の友達であるよっちゃんに再会しました。高校時代のよっちゃんは、駄菓子屋さんに行くとあった「よっちゃん食品• タラタラしてんじゃね〜よ」の平成版って感じでした。
向こうも向こうで私がヨガの先生になっていた事にびっくりしたらしく、電話をしてきたらしい。「オレ。よっちゃん。覚えちょる?」から始まり、「オレ、玄米菜食してるんだ〜」に続き「瞑想ってどんな?なんか、すげ〜勉強してるっぽいけど、ヨガとか仏教とか教えてよ」をきっかけに再会した日は食生活の陰陽、仏教哲学、座禅について、チャクラについてなど高校時代には想像してなかった話ばかりでした。
よっちゃんに会って、昔をふと振り返ってみると、高校時代は大人になっていくのに抵抗もあったなぁ。坂本龍一の作詞で中谷美紀の「砂の果実」にあったけど、「あの頃の僕らが笑って軽蔑した 恥ずかしい大人に気づけばなっていたよ」 になるのが嫌だったのを覚えてます。がんばって大人ぶってもいたし、正義を振りかざそうともしていたのに、反動で悪ぶってみたり、自分の中の矛盾と変化で精一杯でした。
自分自身の中の矛盾と上手く付き合えなくて、遠い海外で大学生活を過ごし、大人になる道をNYC に選んだのも、なにかがごちゃごちゃしそうで嫌だったのかもしれません。場所を変えると気分が変わる、違う自分になれる気がする、っていうのを心の奥に持っていた気がします。よっちゃんとの再会は不器用に感じていたときの自分との再会のようにも思えました。
向こうも向こうで私がヨガの先生になっていた事にびっくりしたらしく、電話をしてきたらしい。「オレ。よっちゃん。覚えちょる?」から始まり、「オレ、玄米菜食してるんだ〜」に続き「瞑想ってどんな?なんか、すげ〜勉強してるっぽいけど、ヨガとか仏教とか教えてよ」をきっかけに再会した日は食生活の陰陽、仏教哲学、座禅について、チャクラについてなど高校時代には想像してなかった話ばかりでした。
よっちゃんに会って、昔をふと振り返ってみると、高校時代は大人になっていくのに抵抗もあったなぁ。坂本龍一の作詞で中谷美紀の「砂の果実」にあったけど、「あの頃の僕らが笑って軽蔑した 恥ずかしい大人に気づけばなっていたよ」 になるのが嫌だったのを覚えてます。がんばって大人ぶってもいたし、正義を振りかざそうともしていたのに、反動で悪ぶってみたり、自分の中の矛盾と変化で精一杯でした。
自分自身の中の矛盾と上手く付き合えなくて、遠い海外で大学生活を過ごし、大人になる道をNYC に選んだのも、なにかがごちゃごちゃしそうで嫌だったのかもしれません。場所を変えると気分が変わる、違う自分になれる気がする、っていうのを心の奥に持っていた気がします。よっちゃんとの再会は不器用に感じていたときの自分との再会のようにも思えました。
Thursday, March 3, 2011
ヨガの先生を...
育成したい〜!
なりたい人を捜しています。もちろん、ヨガ哲学よりも人生に変化をもたらす佐藤先生の心理学講座に興味がある方が対象になります。
やっぱり、ヨガを通して人を癒す事って難しいです。
知識を持ってしても、それに身体で直接感じる体感が伴ってないと、やっぱり思った通りに道は進まないし...
光も陰も全部をひっくるめて自分自身。その自分自身と向きあえた時、人と向き合う事に深みが増すのだと思います。
その分野は私の先生である佐藤先生に直接学んでほしい♥
こころヨガを素晴らしい先生の集まる場として進化させていきたいです♫
なりたい人を捜しています。もちろん、ヨガ哲学よりも人生に変化をもたらす佐藤先生の心理学講座に興味がある方が対象になります。
やっぱり、ヨガを通して人を癒す事って難しいです。
知識を持ってしても、それに身体で直接感じる体感が伴ってないと、やっぱり思った通りに道は進まないし...
光も陰も全部をひっくるめて自分自身。その自分自身と向きあえた時、人と向き合う事に深みが増すのだと思います。
その分野は私の先生である佐藤先生に直接学んでほしい♥
こころヨガを素晴らしい先生の集まる場として進化させていきたいです♫
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