Friday, August 19, 2011

花滅の入れ墨から

何度も書こうと思っていたトピックがあります。何度も書こうと思っては書けずに挫折しているトピックを書きたいと思います。
でも、今まで上手く文章に書き表せる事ができないトピックだった訳だから、自分でも十分に納得してもらえるようにかけないかも... と思いつつ書くことにます。

上手く説明できない謎のトピック... それは、「弱さについて」です。

人はどうして自分の弱さに凍りついてしまうだろう... 
もっと赤裸裸に言うと、私はどうして自分の弱さを率直に愛する事ができないのでしょう...

強く誇らしげに語れる内容ではありません。”弱さ”という言葉に魅力を持たせる事は難しい気がします。
弱さは素晴らしいんです、だから自分が弱いなぁと感じる所をありのまま、そのままに愛してあげましょう、といっても自分の弱い所はどうしても弱点と感じて隠したいし出来れば気付かないでおきたい。
私自身も、自分が弱いって思う事はどうしても都合が悪いように感じてしまう... だから、私は自分の弱さを隠そうとしていて、でもその弱さを隠していると嘘をついてるみたいで自分がずるいく感じる... でも、そのずるい自分を裸にしてしまうと嫌われるのではないかという恐怖心が湧き出てくる...

この危険な思考のサイクルを説明しているだけでも心が折れてしまいそうになります。どうして宇宙はわざわざ欠点だらけの弱い人間を創ったのだろうと思ったりもしました。でも、どうやらその弱さを知る事が、今ある自分の生命の重みを知る手がかりに感じます。

例えていうなら、花滅っていう入れ墨を入れてる友人がいます。
日本人ではないその子は「これは心を砕かれた時に入れた入れ墨だ」と言っていました。日本に来てその入れ墨を周りの人に見られた時、どうして花が滅びるなんて縁起が悪い言葉を書くの?と聞かれたそうです。そんなに縁起悪く感じてもらう為に彫った訳じゃない入れ墨だったらしいので本人としてはそう思われる事はショックだったらしいです。

私はその入れ墨の言葉を見て、野島伸司の未成年のワンシーンを思い出しました。
「ただ無心に一生懸命咲いている花を美しいと思う、でもそれは心のどこかでこの花の美しさが永遠じゃないと分かっているから... 愛おしく思って水をやる、大事にする...」
そんな感じの台詞がありました。そして、私はその人の「花滅」っていうむやみやたらに彫られた言葉にそんな意味を感じました。

私たちは毎日毎日、今日咲かせる為の花に一生懸命生きてるのかもしれないです。そして、もしかしたら今世で咲かせたい花があるのかもしれない。自分一人で、ではなく周りと一緒に咲かせたい花があるのかもしれない。あるいは、何かを乗り越えて咲かせたい花があるのかもしれない。

傷ついたと感じる事があります。また、傷つけたと感じる事があります。どうして傷つけられなければならなかったのだろうと思ったり、やっぱり自分の価値は薄っぺらいものなんだろうか、と思う時もあります。でも、その弱さがあるからこそ大事に心を扱う事を人は学ぶのだと思います。自分の心が深く傷ついたのなら、相手に対して牙をむき出す事よりもその傷つきやすい繊細さを持って、細やかな細工を自分に施してあげられるかもしれない。傷が深いからこそ、それが癒された時は深いところにまで届く愛情を感じる事が可能でもある。

弱さが必要な理由... それは、それがあるが故に丁寧に愛情を持っていたわることができる... 弱く儚いからこそ、心から助け合える...
この弱くて儚い命だと知ってるからこそ、何かを達成した時や難関を乗り越えた時に心から凄いって感動が湧き上がる...
ちっぽけかもしれないこの命が、渾身の力を振り絞って生きているのだから毎日が奇跡に感じれるかもしれない... 

確かに、自分の心をありのままに曝け出すのは勇気がいる... でも、もしそんな時に弱さってこんなに素晴らしいものなんですって言われたら、そんな弱い自分と向き合ってありのままの自分を知る事はちょっとだけやりやすい事に変わるかもしれない。

どうもやっぱり、自分で説明する事が難しい内容です。
今回の試みはこの程度にして、また次回チャレンジしたいというトピックとして締めくくらせて下さい★











om shanti,

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